はじめまして

今年の7月に入社した市原と申します。

 

 

大変遅ればせながら3月の東北大震災で損害を受けられた皆様にお見舞い申し上げ、
復興をお祈りしたいと思います。

震災の当日、私は大阪ではなくまだ東京に住んでおり、
地震はもとより原発事故のことで今までに無く深く考えさせられました。

親しい友人の何人かは本当に大きな影響を受けました。

このことはあまりにも大きな事件であるため、かんたんに片付けられる問題ではなく、
私も情報収集や考察を続けつつ、自分に何が出来るか、
何を反省し学べるか自問しながら生きていこうと思っております。

 

入社から今日まで、なにかと忙しくしてご挨拶が遅れてしまいましたので、
自己紹介を兼ねて書きたいと思います。

社長の鍛冶とは京都の大学時代の同級生で、
学生時代には一緒にバンドを組んでよく遊んでいました。

社会人になってからしばらく経ちバンドはなくなりましたが、
鍛冶はTVの制作会社でCG、グラフィックの仕事をはじめ、
僕もあるときからその会社で仕事をすることになりました。

その間に自分が参加していたバンドがメジャーデビューしたりして、
掛け持ちの仕事は多忙でしたが、どちらも面白く、
鍛冶にはずいぶん融通をきかせてもらいました。

7年ほど働かせていただいた後、私は音楽の仕事を中心にするため東京へ移住。
鍛冶はその1年後に独立し、ジカンデザインを立ち上げました。
東京でスタジオを立ち上げ、5年半ほど、アーティスト、トロンボーン奏者、
プロデュースなど音楽中心の仕事に没頭しておりました。

その間にはジカンデザインととのコラボレーションでPVも制作しました。
(YOSSY LITTLE NOISE WEAVER / VOLCANO)
また、たまたま自分がサウンドトラックで参加した映画のVFXを
ジカンデザインが請け負っていたこともあります。

何枚かのアルバムを自分のレーベルからリリースし、アーティストのサポートも増え、
充実した毎日でしたが、徐々に東京での自分の仕事のやり方に疑問を感じ、
震災をきっかけに今まで以上に考えさせられることになり、
今年の7月に大阪にもどることを決意いたしました。

大阪に戻るにあたって、鍛冶をはじめジカンデザインのスタッフが
あたたかく迎えてくれたことは、本当に有難いことで、
自分に何が出来るか日々探しつつ仕事に向き合う毎日です。

 

もちろん専門的な知識やスキルはそれぞれ必要ですが、
音楽とジカンデザインの仕事は色々な面で通じると感じるところばかりで、
発信したものが人と人の理解の助けとなり、感動を与え、勇気づける、
根本的に向かうところはひとつではないかと思っています。

音楽家としての経験も生かし、皆様と価値のあるものを作っていきたいと
思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

市原大資

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